JR山手線 駒込駅/東京メトロ南北線 西ヶ原駅  操体法専門の施術院
「体の気持ちよさ」と「体の面白さ」を知ってください。体は最高の“おもちゃ”です!

 操体レクリエーション
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操体法とは?

操体法は、日本で生まれた、日本が世界に誇る生命観であり、医術です。

操体法をひとことでいえば、「気持ちがいいかどうかで判断する」「気持ちのいい動き(こと)をする」ということです。楽な姿勢や気持ちのいい動きは、すべて、そのまま、体の歪みがとれる姿勢であり、バランスをととのえる動きです。楽な姿勢をとったり、気持ちのいい動きをすることで、体の歪みがとれ、バランスがととのい、流れもよくなり、不調が改善します。

さらにつづめていえば、操体法は「ゆだねる」ことです。

体は、動きやすいほうへ動くことで、ととのうようにできています。
  動かしやすいほうへ動かすということは、体の流れに「任せる」ということです。
  体の流れに任せるということは、体に「ゆだねる」ということです。
  体にゆだねるということは、自然の法則と自然の大智に自分をゆだねるということです。

操体法とは、ゆだねることです。
  ゆだねることは、とても気持ちのよいものです。
  ゆだねることの気持ちよさが、自然治癒のスイッチを入れます。

弊所の操体施術の一例として、お客様の脚や腕や頭を持ち上げて「重力から解放」したり、解放されることで始まる脚や腕や首の「動きについていく」といったことをします。

 重力から解放されること、また、解放されて始まる自然な動きは、とても気持ちのいいものです。お客様が「気持ちいいなあ」と感じて、ぼーっとしたり、体に任せて動いたり、あるいは眠っている間に、体はどんどん歪みがとれて、バランスがととのっていきます。

 つまり、「気持ちよければ、気持ちよく動けば、身心はよくなる」ということです。

「気持よく動けば、身心はよくなる」という哲理は、「気持ちのいいほうへ行き、気持ちがいいと感じることをし、気持ちよく生きれば、うまくいく」という生き方の指針ともなるものでしょう。人をふくむすべての生き物が「気持ちよさで、よくなる」ように設計されているのは、なんとも心強いですね。

以上のような生命観、医術に立ち返るきっかけをつくったのが、操体法の考案者として知られている、仙台の開業医だった橋本敬三氏(1897〜1993)です。橋本氏は、85歳のときに出演したNHKラジオ「人生読本」の中で、こう述べています。
「気持ちがいいってことになれば自然と安心するしね、愉快になるし、結局最期にはありがたいって思わなきゃ。(中略)神様だが仏様だか知らんけれども、つまりこの宇宙をつくって、そこに生命をつくっておいて下さる方はね、ほんとうに極楽で楽しめよって言われているのにね、自分で突っ走ってアッチぶつかったり、コッチぶつかったりして怪我してんだから、人間なんてそれだけのことなんだ」

現代医学の医師だった橋本氏は、現代医学で自分が治せなかった患者が、鍼灸などの伝統医学で治っている事実を真摯に受け止めました。そして民間療法を渉猟するうちに、西洋医学が疾病の原因として体の歪み(ひずみ)を見過ごしていること、東洋医学が体の歪みをとり、歪体から正体へと整復していることに気がつきました。

橋本氏はさらに人間そのものに思いをめぐらせ、次のような考えにいたりました――人間が生きるための条件をつきつめると、「息(呼吸する)」「食(食べる)」「動(動く)」「想(想う)」の四つに、その人が置かれている「環境」をあわせた五つである。人間が心身ともに調子よく生きるためには、息食動想を自分の責任でバランスよく行なうべきであり、同時に自分が置かれている環境から受ける影響も見過ごせない。さらに、息食動想と環境は、ひとつが良くなれば他もつられて良くなる「同時相関相補」の関係にある。つまり、

「息食動想をバランスよく行なえば、歪体が正体になり、自然治癒力が高まって、人間は心身ともに調子よく生きられるように設計されている」

 操体法はこの哲理に基づいています。

では、何をもとに息食動想のバランスをととのえるのかというと、「原始感覚の『快』」を基準とします。原始感覚については、“アメーバのような原始生物が生きていくために働かせている感覚”くらいに考えてください。要は、「気持ちがいいかどうか」「楽かどうか」「オッケーかどうか」です。「気持ちがいいかどうか」を基準に、気持ちのいい息食動想を行なうことで、人間は調子よく生きられるようにつくられているんですね。

操体法の施術では、主に「動」(動き)のなかで「快」感覚を得ていただきます。 



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どのような施術をするのか?

まず、反対に、「どんな施術をしないのか」から申し上げますと、マッサージのように揉んだり、整体などの手技療法のように骨を鳴らしたり、ねじったり、押したり、などはいたしません。モミモミ、コキコキ、ゴリゴリ、ギュゥーなどは一切ナシです。

 では、操体法の施術はというと、操者(施術者)がご本人の例えば脚や腕を軽く持ち上げて、

  ・動きやすいほうへ、ご自身で動いていただく
  ・気持ちのいいほうへ、ご自身で体を流していただく

 などのご本人の動きを、操者が促し高めていくといったものや、

  ・ご自身で左右へ動いていただいたり、伸縮の動きなどをしていただいて、動きやすい方へ動く流れを、操者が促し高めていく

 といったものです。


施術中は、お客様の多くが眠ってしまわれます。しかし、むしろ、眠っていただいた方が、施術の効果は大きいようです。眠ってしまうことによって、より多く「体にゆだねる」ことができるようになるからでしょう。

 眠ってしまわれたお客様への施術も、上記と変わりません。
お客様の脚や腕や頭を軽く持ち上げると、脚や腕や首が自然に動き始めます。その動きによって歪みがとれます。眠ってしまわれた方が、お客様の体の動きや流れも、より微細に、より大きく出てきます。

 弊所の施術には、「腰痛にはこの操法」「アレにはコレ」と杓子定規に決まったやり方があるわけではありません。身心の最適なバランスは人それぞれです。来所された方お一人おひとりのバランスを診て、その方に最適の施術を行ないます。

本人が自身の体の流れにゆだねられるように、操者である私が介助することが弊所の施術です。本人が主役で、操者は脇役。本人が自分で自分をよくする「自療」の世界。いずれにしても、「ゆだねることの気持ちよさを知っていただく」ことを大事とします。

来所された方の多くが、「ほんとうにソフトな施術なんですね」「こんなにソフトなのに体が変わるのが不思議」「なんだか体がとても軽くなった」とおっしゃいます。

ゆだねると、軽くなるんですね。

弊所の施術で、「ゆだねる」ことの気持ちよさを、ぜひ実感していただきたく存じます。

操体法には、施術者とお客様とで行なう「二人操体」と、お客様がご自宅でお一人でできる「一人操体」があります。ご希望のお客様には、施術の後で、簡単な一人操体のやり方をお伝えいたします。

 
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操体法はどんな症状に効くのか?

 操体法は、体の歪み(ひずみ)をとって全身のバランスをととのえることで、自然治癒を促します。体の歪みはさまざまな愁訴や疾病の原因のひとつです。したがって、操体法は「どんな症状にもいい」ということになります。操体法にかかわる私達は、これを「やって損なし操体法」と言います。

 便宜上、適応症で申し上げますと、次のような方々が「やって損なし」のお気持ちで操体法を体験して下さっています。

体の不調にお悩みの方

肩こり、腰痛、膝痛、四十肩、五十肩、関節症、坐骨神経痛、椎間板ヘルニア、外反母趾、偏頭痛、動悸、いびき、慢性疲労、便秘、生理痛、その他急性あるいは慢性的な症状

医療以外の分野での身体回復法をお探しの方

リウマチによる関節痛の緩和、脳梗塞などの後遺症の緩和など

姿勢をよくしたい方

猫背、O脚、X脚など

心の不調にお悩みの方

気持ちの浮き沈み、不安感など

エステの代わり、美容目的の方

顔の歪み・むくみ、体の歪み・むくみ、姿勢・立ち方・歩き方の癖など

パフォーマンスを高めたい方

ダンス、球技、水泳、陸上競技などのアスリートで、体の柔軟性などのパフォーマンスを高めたい方や、歌唱力や演奏力を高めたい歌手や楽器奏者など

定期的に体のケア、メンテナンスをしたい方、身心をよいコンディションに保ちたい方

その他にも――

・健康維持、健康増進、身体美容、精神安定、リラクゼーションなどのために、自分でできる体と心のメンテナンス法を知りたい方

・体の仕組みや不思議に興味のある方

・体と心の相関性に興味のある方

・変化のきっかけを探している方

・「痛い施術はもうコリゴリ」という方、痛くないソフトな施術をお求めの方 



ご自身にとっていちばん生きやすい身心のバランスを探ってください

 ひねくれたことを言うようですが、私は、「ウルトラハッピー!」みたいなポジティブキンキングは、好きではありません。体は歪むことによって環境に適応するし、心も浮き沈みすることで適度な張りを保ちます。“硬い木は強風で折れるけれども、柳はしなるから大丈夫”と言いますね。

 上で「ゆだねることの気持ちよさを知っていただきたい」と申し上げました。ご縁があって来所していただいた方には、もうひとつ知っていただきたいことがあります。「自分にいちばん合ったバランス」です。

 体は、環境に適応していくために、適度な歪み(ひずみ)を必要とします。「その人にとって自然な歪み」というものがあるのです。それを操体法では「不自然の自然」といいます。同じように、心にも、歪みというか、偏りというか、その人にとっていちばん落ち着く心の姿があります。体は歪むことができるし、心は沈むことができるのです。

 もちろん、歪みや沈み具合が行き過ぎると、体も心もしんどくなります。しかし、かといって、まったく歪みのない完全対称の体や、いつも前向きで明るいフラットな心というものは、ありえません。

 体にも、心にも、その人がいちばん生きやすいバランスがあります。いつもハキハキ、テキパキしているよりも、いつもなんだかちょっと物悲しいような気分のほうが調子がいい、という方もおられるでしょう。このあたりを操体法では「間に合っていればいい」と言います。つまり、歪みがあっても、それがその人にとって自然であり、その人がその体で間に合っているならば、それでいいのだ、と。

大事なのは、歪みのない体にすることでも、沈まない強い心を持つことでもありません。大事なのは、「自分にとっていちばん生きやすい身心のバランスを知り、保つこと」です。弊所と皆様とのご縁が、皆様におかれまして、また私にとりましても、「よりよい身心のバランス」を探るきっかけになることをいつも願っている次第です。

 
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